2013年12月29日日曜日

12月29日

大学生の頃、江國香織の「ウエハースの椅子」という本の冒頭で、
絶望について、その近さについて書かれているのを読んで、
その記述になんらかの引力を感じていたのを覚えている。

その本を手に取った学生のころ、僕にとってそれは得体の知れない真っ暗闇なものだったのが、
今少しずつ境界としての輪郭をなしてきているのは、人との出会いと関わりの積み重ねによるものなのかもしれない。

その近さ、
手の届くところにいるんだなっていうのは、
今日みたいな曇りない空の日に突如怖さを感じることと関係があるかもしれない、
悪い事件なんてとうてい起こりそうになくて、
ずっとこのまま死ぬまで続く平和を示すような空の日に、
その空の片隅に、それは穏やかに座っている。

死にたいと考えたことは一度だってないので、生まれつき楽観的かつ幸せ者だし、
まだやつに触ったことはないんだと思う。
ただ、うっすら、見える。

周りと比して図抜けて強いわけでも賢いわけでもなく、
意志が強いわけでも思いやりがあるわけでもなく、
ただ尻馬に乗ってこれまで過ごしてきたんだということは自分でも薄っすら感じていて、
その自らの負債に対して、
債務返済の催促通知書を見せる、
それがやつの仕事なのかもしれない。

自分自身、
に対して諦めたくない、
でも自分自身に諦めるってことは、いつだって多分できそうに思えるから、
やつがすぐそこにいるんだってことも理屈では腑に落ちるなあって、

納得なんかしちゃいながら、
輪郭の向こう側がうっすらと見えて、でも触りたくない。

今はこの距離感をどうしようとも思わない。
ずっといるんだろうかな。

ウエハースの椅子では、たしか、雨の描写がされていた気がする。
僕は、うす曇の日が一番落ち着く。

これじゃ、どうりで、モテないわけだ。
まだ今年片付けることも終わってないけど、
来年のことも考えなきゃな。

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